建物のLCAの発展とその動向

はじめに

2020年の政府によるカーボンニュートラル宣言を受け、建築・不動産分野では建物のCO2排出量を定量化する手法としてLCA(ライフサイクルアセスメント)に注目が集まっています。ここでは「建物のLCA」の発展と建築・不動産分野における近年の動向について紹介します。

LCA(ライフサイクルアセスメント)とは

LCAとは対象とする製品の原料調達、使用、廃棄段階までのライフサイクル全体の環境影響を評価する手法です。LCAの起源は、コカ・コーラ社の「飲料容器に関する影響評価に関する研究」だといわれており、その内容は再活用可能なリターナルビンと使い捨てビンの環境への影響を比較するものでした。その後、LCAは多様な製品やサービスに派生して、建築分野含め運輸、電子機器分野などさまざまな分野において研究が行われるようになりました。

建物のLCAの発展

国内では、1990年代に建物のLCAに関する研究が行われていました。そのなかでも、日本建築学会に設置された「建築と地球環境特別研究委員会」のエネルギー・ワーキンググループ(現在の日本建築学会 LCA小委員会)が中心となり、国内における建物のLCAに係る研究を進めるとともにその考え方などを整理していきました。その成果として、1999年に日本建築学会から「建物のLCA指針(案)」として書籍、LCAツール(以下、学会ツール)、環境負荷データベースが公表されました。学会ツールは設計段階で利用されることを想定し、建物のライフサイクルを設計・資材製造・建設・運用・改修・廃棄と定義して各プロセスにおける環境負荷(エネルギー消費・CO2・SOx・NOx)を価格ではなく資源投入量およびエネルギーなどの消費量(物量)で評価するものでした。2003年には「(案)」がとれ「建物のLCA指針」となり、2006年、2013年に「建物のLCA指針」と同様に学会ツールも改定が行われ、日本における建物のLCAのベースとして活用されてきました。直近では、2024年3月に改定が行われ、2015年の産業連関表を応用した環境負荷データベースに更新されたほか、「建物のLCA指針」では建物のLCAに関する考え方や評価の目安などの内容が盛り込まれた内容になっています。

建物のLCAの動向

政府のカーボンニュートラル宣言、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言もあり、産業界ではGHG(Greenhouse Gas)算定および脱炭素への方策を示すことが強く意識されるようになりました。GHG算定は金額ベースで行う方法と物量ベースで行う方法があります。金額ベースの算定方法では物価変動などの影響が大きいことから、建築関連業界、特に不動産業界では物量ベースの算定方法が検討され、国内で建物のLCAのベースとなっていた学会ツールが注目されるようになりました。ただし、学会ツールは日本国内の研究をベースに発展してきたものであるため、実務でのGHG算定を想定したツールとはなっていませんでした。2023年3月に日本建築学会(当時の会長 田辺 新一 早稲田大学教授)から「国内建築分野のLCAツール整備に関する今後の課題について」が公表され1)、国内建築分野のLCAツールの課題として国際的な評価の枠組みへの適合や実用性などが提示されました。特に重要な点として、建物のLCAは図1に示すISO21930やEN15978などの規格にある建物のライフサイクルと評価範囲に則り、欧米の各国で建物のLCAが行われていることから、上記規格に対応した国内建築分野のLCAツールの開発が求められました。

図1 建物のライフサイクルと評価範囲
図1  建物のライフサイクルと評価範囲の説明画像

※ ISO21930:2017を参考に筆者作成

図1に示すA1~5、B1~5、B6~7、C1~4、Dの各段階の概要

A1~3
:建設資材の製造段階に該当し、建材の製造分と輸送、原材料の調達分が対象
A4~5
:建設段階に該当し、工場から建設現場への輸送、建設工事が対象
B1~5
:建物の維持・修繕、改修段階に該当し、維持・修繕や改修工事などが対象
B5~6
:運用段階に該当し、設備機器のエネルギーや上下水の消費が対象
C1~4
:解体・廃棄段階に該当し、解体、輸送、廃棄物処理が対象
D
:廃棄段階のリサイクルやリユースの効果に該当、リサイクル、リユースが対象※オプショナルとしての評価の位置づけ

この流れと並行し、一般社団法人不動産協会では「建設時GHG排出量算定マニュアル」の検討委員会が2022年11月に発足し、2023年6月に「建設時GHG排出量算定マニュアル」が策定されました2)。加えて、産官学の連携により、総合的にLCCO2を実質ゼロにする建築物(「ゼロカーボンビル」)について、その評価手法を整備し、普及促進を図ることを目的に、一般財団法人 住宅・建築SDGs推進センター(IBECs)にゼロカーボンビル推進会議(委員長:村上周三 IBECs理事長・東京大学名誉教授、委員長代理:伊香賀俊治 慶應義塾大学教授)が2022年12月に設置され、学会LCAツールをベースに国際的な規格に対応した「日本版LCAツール」の開発が進められたほか、「建築用データベース」、「海外情報」に関する調査やその結果に基づく議論が行われました3)。その成果として、建築物ホールライフカーボン算定ツール(J-CAT / Japan Carbon Assessment Tool for Building lifecycle)が開発され、2024年5月に公開されました。公開されたJ-CATの評価範囲(バウンダリ)4)は図2に示すようにISO21930やEN15978に準じた形で整理され、国際的な規格に対応したツールとなっています。

図2 J-CATのライフサイクルにおける評価範囲4)
図2 J-CATのライフサイクルにおける評価範囲の説明画像

※1 木材等の炭素貯蓄量、吸収量は国際的な統一指標未整備の現時点では、ホールライフカーボン算定結果に算入しない。ただし別途、参考情報として、算定根拠とともに記載可能な欄を結果表記に含める

※2 国際整合を図る、日本建設業連合会様のご意見を反映するために算定対象範囲を仮囲い内の消費エネルギー+廃棄物処理分とする

※3 CASBEE-建築における算定方法(リファレンス建物(DECC,非住宅建築物のエネルギー消費に係わるデータベースを基に設定されて値、コンセント含む)とBEIより算定)を踏襲する

※4 2023年度時点ではDは算定対象外とするものの、海外算定事例等を参考に算定方法を継承検討する

出典:一般財団法人 住宅・建築 SDGs推進センター・一般社団法人 日本サステナブル建築協会
「令和5年度ゼロカーボンビル推進会議報告書」

2024年6月時点においてJ-CATで用いられている環境負荷データベースは学会LCAツールに用いられている産業連関表を応用した環境負荷データベースを多く取り入れていますが、今後、各建材・設備メーカーの環境努力が反映されるようEPD(製品環境宣言)などの環境負荷データベースを拡充することが検討されています。近い将来、データベースが拡充されることで、建材・設備メーカーの環境努力を反映した建物のLCAの評価結果が得られるようになる日がくることになるでしょう。次回のコラムでは、筆者の研究事例より、建物のLCAと脱炭素の関係性について解説します。

参照:
1)日本建築学会, 国内建築分野のLCAツール整備に関する今後の課題について,過去のお知らせ
2)一般社団法人 不動産協会, 建設時GHG排出量算定マニュアルの策定について
3)一般財団法人 住宅・建築 SDGs推進センター, ゼロカーボンビル(LCCO2ネットゼロ)推進会議
4)一般財団法人 住宅・建築 SDGs推進センター・一般社団法人 日本サステナブル建築協会, 令和5年度ゼロカーボンビル推進会議報告書,p.24 ,2024.03

<執筆者プロフィール>
武蔵野大学 工学部 サステナビリティ学科 准教授 磯部 孝行様のプロフィール画像
磯部 孝行(武蔵野大学 工学部 サステナビリティ学科 准教授)
2015年東京大学大学院 新領域創成科学研究科 博士後期課程修了。2016年より武蔵野大学工学部環境システム学科(現サステナビリティ学科)に着任。建材のリサイクルや建物のライフサイクル(建設、運用、廃棄)に係る環境評価システムの開発などの研究に従事。建物のLCAに関連する日本サステナブル建築協会、不動産協会等の委員を歴任。日本建築学会 地球環境委員会LCA小委員会幹事。

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