はじめに
建築物の建設や運用に伴って生じる温室効果ガスは、世界のエネルギー需要側の温室効果ガス排出量の約37%を占めます*。気候変動抑制において、建築分野の脱炭素化は喫緊の課題であり、国連は、2050年までに既存建築物を含むあらゆる建築物をライフサイクル全体でネットゼロ化することを求めています。これに伴って、海外においても、主に温室効果ガスを対象とした建築物のLCAの活用が広がっています。そこで、今回は欧州と北米の動向をご紹介します。
* 出典:2022 Global Status Report for Buildings and Construction
欧州の動向
まず、EU加盟国全体の動きとして挙げられるのは、建築物のエネルギー性能に関わる欧州指令(Energy Performance of Building Directive, EPBD)の改正です。2024年3月、ライフサイクルGWPの算定および開示義務を含む改正案が欧州議会で承認されました。これにより、2028年1月以降、1,000㎡以上の新築建築物にLCAを実施し、当該建築物がライフサイクルを通して排出する温室効果ガスを算定することが求められます。さらに、2030年1月以降は、面積による免除がなくなり、全ての新築建築物が対象になります。また、加盟国は2026年中に総排出量の削減に向けたロードマップを示すことが求められます。
一方で、EU内ではEPBDの改正を待たず、独自に建築物のLCAを法制化した国が複数あります。最も導入が早かったのは、オランダです。2013年にオランダ建築法令(Dutch Building Decree)の中で、100㎡を超える事務所および全ての住宅に対し、LCAに相当する、MilieuPrestatie Gbouwen (MPG)の実施および申告が義務化され、2018年には環境影響の制限値が設けられました。特徴的なのは、複数の環境影響に重みづけ係数をかけ、総量で評価する点です。温室効果ガスのみを算定対象とする国が多いなか、マルチクライテリアでの評価が義務付けられています。2022年に施行されたフランスのRE2020に特徴的なのは、「ダイナミックLCA」という考え方です。脱炭素化が喫緊の課題である現在の方が、数十年後に比べて温室効果ガス排出の影響が大きいという前提に基づき、排出時期による重みづけが考慮されます。低炭素材の代表ともいえる木材は、解体・廃棄時の温室効果ガスの放出が懸念されますが、ダイナミックLCAの考え方を使えば、その影響は小さく評価されます。木材の積極的な利用を促す仕組みともいえるかもしれません。
EUを離脱したイギリスでも、法制化に向けた議論が行われており、首都ロンドンでは都市計画のなかでホールライフサイクルカーボンアセスメント(WLCA)が義務化されました。温室効果ガス排出量の算定・開示に加えて、既存建築物の再利用を含む、サーキュラーエコノミーへの転換に向けた検討も含める必要があります。排出量の上限規制は設けられていませんが、基準値との比較や従来の設計に比した削減量なども示すことが求められます。
国・地域 | 実施・報告義務 | 排出量規制 | 対象建物 | 算定範囲 |
---|---|---|---|---|
EU | 2028年 (2030年) |
- | 2028年:1,000㎡以上の全ての用途 | A~D |
オランダ | 2013年 | 2018年 | 100㎡以上の事務所、住宅 | A~D(B6,B7を除く) |
スウェーデン | 2022年 | 2027年 | 100㎡以上の全ての用途 | A1~A5 |
フランス | 2022年 | 2022年 | 住宅、事務所、教育施設 | A~D(B6,B7を除く) |
デンマーク | 2023年 | 2023年 | 実施義務・全ての用途 排出量規制:1,000㎡以上の全ての用途 |
A1~A3,B4,B6,C3,C4,D |
フィンランド | 2025年 | 2025年 | 全ての用途 | A1~A5,B3,B4,B6,C1~C4,D |
ロンドン(UK) | 2021年 | - | 一定規模以上の全ての用途 | A~D |
北米の動向
2024年現在、アメリカに建築物のLCAを義務付ける連邦法はありませんが、建設時の温室効果ガス排出量削減を目的として、低炭素材の普及に向けた政策が取られています。連邦政府は、建材の購買者として、鋼材、コンクリート、ガラスといった主要建材について、低炭素材を優先的に購入するFederal Buy Clean Initiativeを表明しています。また、2022年に成立したThe Inflation Reduction Actには、EPD(Environmental Product Declarations)の標準化、低炭素材・低炭素技術の普及促進などを支援することが定められました。
連邦制国家であるアメリカでは、州ごとの対応も見られます。カリフォルニア州は、2024年、独自のグリーンビル基準(CALGreen)において、既存躯体の再利用、低炭素材の使用、LCAの実施のいずれかを選択し、エンボディド・カーボンを削減することを義務付けました。LCAを実施する場合には、基準モデル比10%以上のエンボディド・カーボンを削減する必要があります。ニューヨーク州もLCAの算定・開示や上限規制を見据え、一定規模以上のプロジェクトに建材数量とEPDの報告を求め始めました。その他にも、州単位、市単位でさまざまな取り組みが行われています。カナダも同様に、州・市単位の動きが活発です。バンクーバー市が2023年からLCAの実施を義務付け、2025年以降の上限規制を予定するほか、トロント市も新築時エンボディド・カーボンの算定と上限規制を始めています。
北米の不動産・建築市場においては、環境評価システムであるLEEDが広く普及しているため、州法や連邦法で求められずとも、LEED認証の一環で、LCAを実施するケースも少なくありません。2025年の運用開始が見込まれるLEED v5では、主要建材の資材製造段階のエンボディド・カーボンの評価を必須項目に加える方針が示されました。エンボディド・カーボン削減のクレジットも現行のv4.1の配点から1ポイント増の最大6ポイントに変更される案が示されています。
このように、規制の内容や対象は各国それぞれに異なるものの、建築物の脱炭素化に向けたLCAの活用が広がっています。取り組みが始まったばかりということもあり、今後の動きも注視する必要がありそうです。
参考文献:
- EN 159789:2011, Sustainability of construction works – Assessment of environmental performance of buildings – Calculation method
- The European Parliament and the Council of the European Union, DIRECTIVE (EU) 2024/1275 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 24 April 2024 on the energy performance of buildings
- Staatsblad van het Koninkrijk der Nederlanden, Besluit van 29 augustus 2011 houdende vaststelling van voorschriften met betrekking tot het bouwen, gebruiken en slopen van bouwwerken (Bouwbesluit 2012)
- Greater London Authority, THE LONDON PLAN – The Spatial Development Strategy for Greater London, March 2021
- Greater London Authority, London Plan Guidance – Whole Life-Cycle Carbon Assessments, March 2022
- 2022 California Green Building Standards Code, Supplement – Part 11
- USGBC, LEED v5 public comment draft for Building Design and Construction: New Construction
- CLF Embodied Carbon Policy Toolkit