建築基準法では、一定の条件下で排煙設備の設置が義務付けられています。しかし、排煙設備の設置に関する法令は複雑です。オフィスの間取り変更の際、排煙設備の要件を見落とすと、思わぬ法令違反となる可能性があります。
そこで本記事では、オフィス設計において排煙設備が必要になる条件や緩和・免除される条件を詳しく解説します。
また、間取り変更時に見落としがちな防煙区画などの設置義務や事務所の間取り変更後の遵法性調査事例なども紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
遵法性調査とは、既存建物を建築基準法などの法令やお客様の指定した法令に照らし合わせて適合性を調査する業務です。
企業に求められるコンプライアンスの内容は、建設時や既存建物売買・状況確認時、また労働安全への取り組み時において高度かつ多岐にわたっています。これら全内容を企業が独自に実践するのは容易ではありません。ビューローベリタスは第三者の立場からコンプライアンスに関する基準と実際の運用状況とのギャップを調査し、企業の経営リスクの低減に寄与しています。
排煙設備が必要になる条件
建築基準法では、建物の用途や規模に応じて排煙設備の設置が義務付けられています。排煙設備は火災発生時に人命を守るうえで極めて重要な役割を果たすものであり、欠かすことのできない安全設備です。
排煙設備の設置が必要になる主な条件は、次のとおりです。
- 1.延べ床面積が500㎡を超える特殊建築物
- 2.階数が3階以上で延べ床面積が500㎡を超える建築物
- 3.延べ面積1,000㎡超で、床面積が200㎡を超える居室
- 4.排煙上有効な開口部が不足し「排煙無窓居室」と判定される場合
一般的な事務所やオフィスの場合、条件1の「特殊建築物」には該当しません。しかし、オフィスビルでは「5階建てでワンフロアが100㎡以上」といったケースがあり、条件2に該当する可能性があります。
また、オフィス内装工事の際に間仕切り壁を設けて会議室などを新設する場合は、「排煙無窓居室」とならないように、レイアウト変更前の事前確認を行うことが重要です。
排煙設備の免除・緩和が認められる条件
ここからは、排煙設備が免除・緩和される条件について、それぞれ詳しく解説します。「建設省告示1436号」の条件を満たしている場合、排煙設備の設置が免除・緩和されることがあります。以下は「建築基準法施行令 第百二十六条の二」の一部を抜粋したものです。
一 法別表第一(い)欄(二)項に掲げる用途に供する特殊建築物のうち、準耐火構造の床若しくは壁又は法第二条第九号の二ロに規定する防火設備で区画された部分で、その床面積が百平方メートル(共同住宅の住戸にあつては、二百平方メートル)以内のもの
二 学校(幼保連携型認定こども園を除く。)、体育館、ボーリング場、スキー場、スケート場、水泳場又はスポーツの練習場(以下「学校等」という。)
三 階段の部分、昇降機の昇降路の部分(当該昇降機の乗降のための乗降ロビーの部分を含む。)その他これらに類する建築物の部分
四 機械製作工場、不燃性の物品を保管する倉庫その他これらに類する用途に供する建築物で主要構造部が不燃材料で造られたものその他これらと同等以上に火災の発生のおそれの少ない構造のもの
五 火災が発生した場合に避難上支障のある高さまで煙又はガスの降下が生じない建築物の部分として、天井の高さ、壁及び天井の仕上げに用いる材料の種類等を考慮して国土交通大臣が定めるもの
引用:e-Gov 法令検索「昭和二十五年政令第三百三十八号 建築基準法施行令 第百二十六条の二」
1.防火設備で区画された小規模な部分
一 法別表第一(い)欄(二)項に掲げる用途に供する特殊建築物のうち、準耐火構造の床若しくは壁又は法第二条第九号の二ロに規定する防火設備で区画された部分で、その床面積が百平方メートル(共同住宅の住戸にあつては、二百平方メートル)以内のもの
病院やホテル、共同住宅、学校などの多くの人が利用する「特殊建築物」であっても、火に強い「準耐火構造」の床や壁、また「防火設備(火災の拡大を防ぐ性能を持つドアなど)」で区画された小規模な部分は、排煙設備の設置が免除されます。
具体的には、その床面積が100㎡以内(共同住宅の住戸の場合は200㎡以内)であることが条件です。
これは、万が一火災が発生しても、区画された範囲で火や煙が食い止められ、大規模な煙の充満に至る前に安全に避難ができると考えられるためです。
2.火気の使用が少なく可燃物も少ない建築物
二 学校(幼保連携型認定こども園を除く。)、体育館、ボーリング場、スキー場、スケート場、水泳場又はスポーツの練習場
学校(幼保連携型認定こども園を除く)、体育館、スケート場、屋内プール、スポーツ練習場などは、排煙設備の設置が免除されます。これらの施設は、原則として火気の使用が少なく、可燃物も限られているため、火災の発生リスクが低いと考えられています。
また、天井が高く空間が広いため、火災が起きても煙がすぐに充満しにくい構造であることも理由の一つです。
3.階段やエレベーター
三 階段の部分、昇降機の昇降路の部分(当該昇降機の乗降のための乗降ロビーの部分を含む。)その他これらに類する建築物の部分
階段やエレベーターの昇降路(エレベーターが上下する空間)、そしてそれらを乗り降りするロビーなども、排煙設備が免除されます。
これらの空間は、煙が上昇しやすい縦方向の空間であり、一箇所に煙が溜まりにくいことが特性です。そのため、避難経路としての機能が煙によって著しく損なわれる可能性が低いと判断されています。
4.不燃材料で作られた工場や倉庫
四 機械製作工場、不燃性の物品を保管する倉庫その他これらに類する用途に供する建築物で主要構造部が不燃材料で造られたものその他これらと同等以上に火災の発生のおそれの少ない構造のもの
機械製作工場や燃えない物品を保管する倉庫などで、建物の主要構造部分(柱、はり、床、屋根など)が不燃材料で作られている場合も、排煙設備は不要です。
この規定は、建物自体が燃えにくく保管されている物品も不燃性であるため、大規模な火災に発展する危険性が極めて低いという前提に基づいています。
ただし、工場に付属する事務所や車庫などの用途が異なる部分には、別途排煙設備の設置が必要な場合があるので注意が必要です。
5.国土交通大臣が定めた特定の箇所
五 火災が発生した場合に避難上支障のある高さまで煙又はガスの降下が生じない建築物の部分として、天井の高さ、壁及び天井の仕上げに用いる材料の種類等を考慮して国土交通大臣が定めるもの
火災時、煙やガスが避難に支障をきたさないと見込まれる建築物の箇所については、天井高や壁・天井の仕上げ材料などを考慮し、国土交通大臣が別途指定した条件を満たす場合に限り、排煙設備の設置が免除されます。
これは、煙の滞留が抑制され、安全な避難が期待される場合の合理的な判断に基づく特例規定です。
防煙区画・防煙垂れ壁の設置義務について
「防煙区画」とは、火災時に煙や有毒ガスがほかの区域に流れないよう分割された区画のことです。
防煙区画は、火災時に煙の拡散を防ぐため500㎡以内ごとに防煙壁または防煙垂れ壁で区画することが義務付けられています。防煙垂れ壁の寸法は、標準仕様で天井から50cm以上下方に設置する必要があります。
ただし、煙感知器連動の不燃扉や常時閉鎖式の不燃材料の戸が設置されている場合には、高さ30cmまで緩和することが可能です。
なお、防煙壁や防煙垂れ壁の材料は、不燃材料で構成するか不燃材料で被覆することが求められます。
こうした技術要件の適切な理解と活用によって、オフィスの機能性を損なうことなく、法令に適合した防煙区画設計が可能となります。
事務所の間取り変更後の遵法性調査事例
あるビル所有者様からの「建物の適合状況を把握し今後の改善の資料としたい」という依頼に基づき、ビューローベリタスが遵法性調査を実施した事例を紹介します。
【調査対象】事務所
【経 緯】調査対象建物は階数が3階以上で延べ床面積が500㎡を超えており、排煙設備の設置が必要な建物でした。排煙設備については引き違い窓の自然排煙により必要排煙面積が確保され、検査済証取得時点で事務所内に会議室は設置されていませんでした。その後、2015年3月に事務所のレイアウト変更にともなう間取り工事が実施され、新たに会議室が設置されることとなりました。
【調査内容】排煙設備の遵法性調査
調査対象建物(*)の概要
確認申請済証交付日:2013年4月1日
検査済証交付日:2014年2月1日
延べ床面積:2,000㎡
構造:耐火構造
階数:8階
用途:事務所(2015年3月1日間仕切りを変更)
(*)建築基準法施行令第126の2に該当し、排煙設備設置が必要な建築物
間仕切り変更後の状況
検査済証取得後、事務所内に会議室が設置されました。
事務所の部屋割りは次のとおりです。
- 執務室:居室の床面積の1/50以上の排煙上有効な窓(引き違い窓)が設けられています。
- 会議室:排煙上有効な窓は設けられていません。壁および天井の屋内に面する部分の仕上げおよび下地は不燃材料で作られており、平成12年建設省告示第1436号第四号ニ(4)による排煙設備設置緩和の適用を受けています。
調査結果
会議室は仕上げおよび下地ともに不燃材仕様であることが確認されました。
また、執務室と会議室の間に設置された扉は、床から天井に届く木製扉でした。
指摘内容
執務室は自然排煙、会議室は平成12年建設省告示の適用により排煙設備設置緩和を受けており、防煙区画とする必要があります。扉の要件は法令に明確な定めはありません。
一般的には「建築設備・施工上の運用指針 2019版」(以下「設備指針」という。)に基づいて定められています。設備指針では「防煙たれ壁」の設置が求められており、これが設置されていない場合は下記の条件を満たす必要があります。
1.煙感知器連動または常時閉鎖式の不燃材料の扉の設置
2.扉上部には、不燃材料のたれ壁を天井から30cm以上設けなければならない
執務室と会議室の間に設けられた扉部分の仕様は上記の基本要件を満たしておらず、防煙区画が形成されていないことが確認されました。
排煙設備のある事務所の間取り変更時に注意すべき点
これまで適法だった事務所でも、間取りを変更したことで、新たに排煙設備の不適合が生じる可能性があります。
例えば、執務室や会議室のレイアウト変更によって、排煙窓の有無、防煙垂れ壁の設置の有無、不燃仕上げ材の使用状況などが変わると、法令要件を満たさないことがあります。
特に、閉鎖的な空間となりがちな会議室では注意が必要です。不燃下地および防煙たれ壁による免除を念頭に設計しても、たれ壁の未設置、扉上部の区画不備、仕上げ材が準不燃材料に留まるといった理由によって免除が適用されず、排煙設備の設置が必要になるケースも考えられます。
そのため、間取り変更時にはレイアウトの検討に加えて、排煙窓の配置や防煙たれ壁の仕様、不燃仕上げ材の条件などが法令要件を満たしているかを確認することが重要です。
なぜ事前の遵法性調査が重要なのか
オフィスの間取り変更や内装工事を行う際には、排煙設備や防火区画、避難経路などが法令要件に適合しているかを事前に確認することが求められます。
排煙設備に関する法令は複雑で、一見問題ないように見える工事でも、防煙区画の要件や排煙面積の計算を見落とすと法令違反となる可能性があります。
違反が発覚した場合、改修工事による追加費用の発生や使用停止などのリスクが生じるため、事前に遵法性調査を行うことが重要です。
まとめ
事務所のレイアウト変更を検討する際、排煙設備への対応は避けて通れない重要な課題です。建物の規模や用途によって排煙設備の導入が求められますが、建物の構造や材料の選択によって設置義務の緩和や免除を受けられる場合もあります。
煙を遮断する区画設計では、垂れ壁の配置が重要なポイントとなり、扉周りの仕様によって基準の緩和が期待できます。その際、排煙設備の設置についてはさまざまな条件があるため、専門家の力を借りることが大切です。
ビューローベリタスジャパンは確認検査機関を有しており、高い専門知識に基づく対応が可能です。年間1万2,000件の遵法性調査実績をもとに、全国のお客様のオフィス計画をサポートいたします。
事務所などの間取り変更にともなう適法性確認など、不明点や気になる点がありましたら、どうぞお気軽にご相談ください。

