建物のLCAと脱炭素の方策

はじめに

2024年6月のコラム「建物のLCAの発展とその動向」で、建築・不動産分野での(ライフサイクルアセスメント)LCAに関する動向について報告しました。今後、J-CATなどLCAツールを用いて建物のホールライフCO2が定量的に把握される社会が近づきつつあります。その先を見据えると、LCAツールから得られた結果を、どのように脱炭素化に結び付けていくかが重要になります。今回のコラムでは、建物のLCAの評価結果を、どのように読み解き脱炭素につなげていくべきか、筆者の研究事例より紹介します。

建物の脱炭素の方策とは?

私的な見解となりますが、建物の脱炭素の方策として「①省資源化」、「②省エネルギー化と再生可能エネルギーの活用」、「③低炭素な材料・建材の活用」の3つの方策が建物の脱炭素化に導く大きな要素であると考えています。その他の方策・対策例もあると思いますが、各方策に対し筆者が思いつく具体の対策例を表1に整理しました。

表1 脱炭素に向けた方策と対策例
脱炭素に向けた方策 具体の対策例
①省資源化
※あくまでも建物性能を担保
  • 資材低減に資する合理的な構法の開発・採用
  • 内・外装材などの耐久性向上
    ※更新回数低減による資材投入量の低減
  • 建物の長寿命化(改修)
    ※建替回避による資材投入量の低減 など
②省エネルギー化、再生可能エネルギーの活用
  • 最適な断熱・遮熱性能の確保
  • 高効率な設備の設置・更新
  • 再生可能エネルギーの活用 など
③低炭素な材料・建材の活用
  • 脱炭素コンクリートなど低炭素材料の活用
  • バイオマス・天然乾燥された木材の活用
  • リユース・リサイクルによる天然資源の資材投入量の低減 など

上に示したいくつかの対策例について、建物のライフサイクルアセスメント(LCA)にもとづく評価結果から脱炭素に貢献することを読み解くことができます。次に、建物のLCAの評価事例を紹介するとともに、LCAの評価結果に基づき脱炭素化に向けた検証事例を紹介します。

建物のLCAの評価結果から見える脱炭素の方策

LCAはライフサイクルの環境負荷を定量的に捉える手法です。建物を対象にしたLCAでは、建物の工法、省エネルギー性能、耐用年数の違いなどを反映し建物のライフサイクル(建設、修繕、改修、解体・廃棄物処理)を通したCO2排出量を定量的に捉えることができます。

ここでは、建物のLCAを用いて建物のCO2排出量削減に向けどのような検証ができるのか、建物のLCAの評価結果を示しながら解説します。今回のコラムでは、筆者が関係した研究などで得たデータに基づいた評価結果や別途ケーススタディにより得られた評価結果を紹介いたします。

<戸建住宅の評価事例>

ここでは戸建住宅の評価事例として、建物のライフサイクルを通してCO2排出量のマイナスを目指した住宅であるライフサイクルカーボンマイナス(LCCM)住宅のデモンストレーション棟を対象に、東京大学大学院の清家剛教授らとともに戸建住宅の脱炭素化を検証した研究論文1)の内容を参照します。LCCMデモンストレーション棟の概要を図2に示します。

所在地 茨城県つくば市
構造 木造 在来軸組工法 地上2階
建築面積 78.21㎡
延べ床面積 142.58㎡
建物の主な仕様 基礎 布基礎 高炉コンクリート使用
軸組み 茨城県産杉材・福島県松材等
断熱性能 次世代省エネ基準 II地域相当
開口部 木製気密サッシ・一部樹脂サッシ
木製日射遮蔽ルーバー・断熱スクリーン
ガラス 真空ガラス・一部複層ガラス
屋根 金属板葺き
外壁 窯業系サイディング・金属パネル・木羽目板
LCCMデモンストレーション棟の概要(設計図)
図2 建物の概要(新築)1)

上記研究論文の建物のデータを用い部材の長寿命化の効果、設備更新時に高効率な設備への更新がCO2排出量の削減にどの程度貢献できるか、以下、表2に示す3つのシナリオを設定してケーススタディを行いました。

表2:3つのシナリオと部材・設備の改修・更新シナリオ
屋根・外壁、内装など 設備 設備の性能
①標準 30年 20年 維持
②部材の長寿命化 45年 30年 維持
③高効率な設備への更新 30年 20年 効率的な設備に更新

「① 標準」:各部材・設備などの耐用年数を考慮し、屋根・外壁、内装などを30年、設備を20年で更新するケースを想定した。

「② 部材の長寿命化」:屋根・外壁、内装などの部材、設備の耐用年数を長寿命化したケースを想定した。

「③ 高効率な設備への更新」:設備更新の際、高効率な設備への更新により省エネルギー化を進めるケースを想定した。

以下、各シナリオにおける30年、60年、90年時点の戸建住宅に係るLCAの評価結果を図3に示します。

図3のグラフ画像
図3:各シナリオに基づくLCAによる戸建住宅のCO2排出量の評価結果

「①標準」と「② 部材の長寿命化」、「③ 高効率な設備への更新」を比較することで各CO2削減効果を検証することができます。
「②部材の長寿命化」では、更新する部材、設備を減らすことができるため、建物のライフサイクル全体でみるとCO2排出量を削減することができることが分かります。
「③高効率な設備への更新」では、設備を20年に1回更新するため、将来、高効率な設備へ更新していけば、更新後、段階的にエネルギー消費量が削減されCO2排出量を削減することができることが分かります。
以上のケーススタディより、部材の長寿命化、高効率な設備への更新がCO2排出量の削減に一定の効果があることを理解いただけたかと思います。

<戸建住宅の改修工事の評価事例>

建物を長期に利用する場合、建物の不具合を改善するために改修工事が行われます。近年では、中古の戸建住宅を購入し、改修工事を行い新築同様に居住する住まい方も出てきています。LCAの視点からみると、改修工事は既存建物の躯体などの資材が再活用されることになり、新規の部材・設備の資源投入量を抑制することができます。そこで、省資源化に資する対策事例として、筆者が取り組んだ研究事例2)より改修工事のLCAの内容を紹介します。対象とした建物の概要を表3に示します。

表3:建物の概要(改修工事)
実地調査時期 2021年12月~2022年3月
築年数 築46年
構法・階数 木造軸組構法・2階建
延床面積 149.23㎡
改修履歴 扉、設備、内装等の改修履歴あり
外装等の仕様 屋根:瓦、瓦棒葺、外壁:モルタル
改修の方法 全面改修

調査研究の中で改修工事における建築部材の再活用の状況を把握するために図4に示す実地調査とBIMのモデリングを行い、既存建物の各部材・設備の資材量と改修後に再活用される各部材・設備の資材量を把握しました。

BIMモデル 既存と軸組モデルの参考画像
BIMモデル 既存(左)と軸組モデル(右)
改修工事の調査内容の参考画像
図4 改修工事の調査内容

さらに、改修工事により新たに必要となる各部材・設備の資材量について発注書を入手し、改修工事に関する部材・設備の資材データを把握しました。上記より、改修工事に係る部材や設備の更新状況、新規資材量などを把握し、改修工事のLCAのために以下4つの段階に分け資材量を整理しました。

①既存 :既存の建物に用いられていた各部材、設備とその資材量
②再活用 :改修後も活用されていた各部材、設備とその資材量
③改修工事 :改修工事で新たに投入された各部材、設備とその資材量
④建替相当分 :改修工事後の建物は「② 再活用分」と「③ 改修工事」の資材で構成されることから建替相当分として「② 再活用分」と「③ 改修工事」を合算した資材量

上記の調査に基づき、整理した各部材・設備の資材量と各部材・設備のCO2原単位を乗じて改修工事に係るLCAを行なった結果を図5に示します。

CO2排出量の評価結果の参考画像
図5:改修工事のLCAに基づく各段階のCO2排出量の評価結果

調査事例においては 「②再活用」と「①既存」を比較すると、既存建物の資材からCO2排出量としてはおおよそ半分の部材・設備が再活用されていることが分かります。次に、「③改修工事」では新規資材として再活用された部材・設備よりも、多くのCO2排出量となることが分かりました。改修工事により建替が控えられたと仮定すると「②再活用」がCO2削減効果として捉えることができます。改修工事は多様なタイプが想定されるため、今回、紹介した内容は一事例となりますが、改修工事により省資源化を図ることができCO2排出量の削減に一定の効果があることを理解いただけたかと思います。

建物のLCAと脱炭素化に向けて

今回のコラムでは、少ない事例ではありますが脱炭素に向けた対策に基づいた建物のLCAの評価事例を紹介しました。建物のLCAによりライフサイクルのCO2排出量を定量的に把握することは、建物の脱炭素化に向けた方策を検討するうえでの第一歩であるといえます。建物の脱炭素化を図るために、最も重要なのは建物のLCAにより得られた評価結果に基づき、どのように脱炭素への方策・対策を取り入れていくかです。

現在、「省エネルギー化、再生可能エネルギーの活用」は、建築物省エネルギー法に基づくウェブプログラムやシミュレーションなどにより定量的なエネルギー消費量に基づき脱炭素化に向けた対策を講じることが可能です。他方、現時点では「省資源化」、「低炭素な材料、リユース・リサイクル資材の活用」は、個別の検証などにより脱炭素化の方策・対策の採用が図られている状況だと認識しています。

「省資源化」は、本コラムの事例でも紹介させていただいたように改修工事による長寿命化や部材・設備の耐用年数を向上させて長期間活用できれば、ライフサイクルを通して建物の省資源化につながり脱炭素に近づくことができるでしょう。

「低炭素な材料・建材の活用」については本コラムの中では紹介できませんでしたが、近年、低炭素な資材・建材としてコンクリートや鉄、アルミ製形材、石膏ボードなど、素材メーカーや建材メーカーでは低炭素な製品の開発が活発に行われています。そのなかでも、すでにいくつかの製品は上市されているものもありますが、個別製品の環境負荷データであるEPDが十分に整備されておらず、建物のLCAの評価結果に反映しにくい状況となっています。そのため、建物のLCAに基づいた建物の脱炭素に向けた検証をスムーズにするためには、低炭素な材料・建材の開発と並行し建材EPDの整備を進めていく必要があるといえます。

さいごに

2024年の6月のコラムに続き、2回にわたり建物のLCAに関するコラムを担当させていただきました。コラムでご報告できた内容は、建物のLCAについて筆者が関わっている限定された情報・内容にとどまっておりますが、コラムを読んでいただいた皆様に感謝申し上げます。

参照:

1)清家剛,兼松学,小林謙介,磯部孝行,名取発:LCCMを指向した環境配慮住宅のLCCO2評価に関する研究 データの不確実性と精度を考慮したCO2削減目標の実現性検証手法,日本建築学会環境系論文集,第80巻, 第707号, pp. 55-65, 2015.1

2)磯部孝行,清家剛,松井大岳,池大樹:既存建物の改修工事の資源フローに着目したLCAに関する研究 木造戸建住宅を事例として,日本建築学会大会学術講演梗概集 建築社会システム,pp.181-182,2023. 9

<執筆者プロフィール>
武蔵野大学 工学部 サステナビリティ学科 准教授 磯部 孝行様のプロフィール画像
磯部 孝行(武蔵野大学 工学部 サステナビリティ学科 准教授)
2015年東京大学大学院 新領域創成科学研究科 博士後期課程修了。2016年より武蔵野大学工学部環境システム学科(現サステナビリティ学科)に着任。建材のリサイクルや建物のライフサイクル(建設、運用、廃棄)に係る環境評価システムの開発などの研究に従事。建物のLCAに関連する日本サステナブル建築協会、不動産協会等の委員を歴任。日本建築学会 地球環境委員会LCA小委員会幹事。

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