建物のLCAに関する海外の動向~欧州の建築設計・生産における脱炭素化の取り組み~

はじめに

2024年8月のコラムで、建物のLCAに関する海外の動向をご紹介しました。LCAに基づく温室効果ガス排出量の算定に加え、排出量の上限を規制する国もあることがわかります。では、温室効果ガス排出量を削減するためには、どうすればよいのでしょうか。今回は、建築設計、建築生産に求められる脱炭素化の方策を考えたいと思います。

ホールライフカーボンの傾向把握

削減策を考えるためには、どの部分のどの段階で温室効果ガスの排出があるのか、ホールライフカーボンの傾向を把握する必要があります。そこで、WBCSD(持続可能な開発のための経済人会議)と当社が実施したケーススタディをご紹介します。ケーススタディは、欧州に計画または建設された、規模、構造、用途の異なる6つの建築物を対象にしたものです。

温室効果ガス排出は、建設や改修,解体によって排出される「エンボディド・カーボン」と、建物の運用時に電気やガスの使用によって排出される「オペレーショナル・カーボン」の大きく二つに分けられます。さらに、新築時のエンボディド・カーボンに限ってアップフロント・カーボンと呼ぶこともあります。

図1は、ライフサイクル全体に占める、新築時のエンボディド・カーボン、その他のエンボディド・カーボン、オペレーショナル・カーボンの比率を6の事例の平均値で示したものです。エンボディド・カーボンとオペレーショナル・カーボンの比率は約1:1であり、エンボディド・カーボンの過半を新築時のエンボディド・カーボンが占めます。時系列に見ると、オペレーショナル・カーボンが時間とともに少しずつ排出されるのに対し、エンボディド・カーボンは、新築時、改修時、解体時と特定のタイミングで大きく排出されることがわかります。オペレーショナル・カーボンは、建物の省エネ、電力供給の脱炭素化などによって排出量が抑えられる傾向にありますが、エンボディド・カーボンはこれまで見過ごされてきました。気候変動抑制のために速やかな対応が求められる今日、短期間に大きな排出を伴うエンボディド・カーボンの削減が重要と考えられています。

Embodied A1-A5:32%、Embodied B-C:19%、Operational B6-B7:49%
図1: ホールライフカーボンの全体構成(6事例の平均値)
Operational carbon:50%、Embodied carbon:50%
図2: 時間軸で示すホールライフカーボン(6事例の平均値)

続いて、エンボディド・カーボンを部位ごとに細分化した図を示しました。新築時は、構造部材に起因するエンボディド・カーボンが最も大きく、54%を占めます(図3)。次いで、建築設備、外装に起因するエンボディド・カーボンが大きく表れています。使用時に目を向けると、建築設備が大きい割合を占めることがわかります(図4)。これには、空調冷媒の漏洩による温室効果ガスの放出と設備更新が含まれます。内外装も、使用中に一度更新することを想定しているため、新築時と同程度のエンボディド・カーボンが計上されています。その結果、ライフサイクル全体では、構造と設備の影響は同程度であり、外装も新築時だけを見た場合よりも影響が大きいことがわかりました(図6)。構造は新築時のエンボディド・カーボンを抑えること、外装や設備は修繕や更新も考慮することが重要と言えそうです。

Substructure:11%、Superstructure:43%、Façade:15%、Internal walls and partitions:2%、Internal finishes:5%、FF&E:1%、Building services:18%、Site emissions:5%
図3:新築時エンボディド・カーボン
Superstructure:2%、Façade:25%、Internal walls and partitions:4%、Internal finishes:9%、FF&E:3%、Building services:57%
図4:使用時エンボディド・カーボン
Substructure:16%、Superstructure:55%、Façade:4%、Internal walls and partitions:3%、Internal finishes:13%、Building services:9%
図5:解体時エンボディド・カーボン
Substructure:7%、Superstructure:28%、Façade:19%、Internal walls and partitions:3%、Internal finishes:6%、FF&E:2%、Building services:32%、Site emissions:3%
図6:ライフサイクル全体のエンボディド・カーボン

エンボディド・カーボン削減の方策

エンボディド・カーボンは、「使用される建材やプロセスの数量」とその建材やプロセスの「排出原単位」の掛け合わせの累積で求められます。これを削減するためには、数量と排出原単位のいずれか、あるいは両方を低減する必要があります。リサイクル材や低炭素材の活用は、排出原単位の低減に相当します。一方の数量の低減は、文字通り使用する建材を減らすことを意味します。強度や耐久性を考慮して合理的に設計された建築から何かを取り除くのは容易ではありません。どのような方法で低減することができるのでしょうか。

まず、挙げられるのは、既存躯体の再利用です。計画地に既存建物があるのであれば、それを解体せずに増改築して再利用することで、新たに使用する建材数量、施工プロセスを圧倒的に減らすことができます。前回のコラムで紹介したロンドンの都市計画でも、既存建物を活用することを推奨しています。新築の場合には、階高やスパンの設定が構造に使用する建材数量に大きな影響を与えます。平面計画の自由度や設備の拡張性などを考えれば、階高もスパンも大きいに越したことはありませんが、これらが小さいほど構造部材の断面は抑えられます(図7)。今後は、建築計画と構造のエンボディド・カーボンの双方を考慮して均衡点を探ることが必要になりそうです。外装は、これまで省エネの観点から断熱性能と日射遮蔽性能を高めることが是とされてきました。ガラスは単板ガラスよりもLow-E複層ガラス、日射遮蔽には庇やルーバー、断熱材は厚ければ厚いほど効果的と考えられています。しかし、ガラスやルーバー、断熱材が増えることは、すなわちエンボディド・カーボンの増大を意味します(図8)。外装に関しても、空調負荷低減によるオペレーショナル・カーボンの低減効果と建材数量の増加によるエンボディド・カーボンの増大の均衡を考慮した設計が必要です。

エンボディド・カーボンの削減に関しては、木質系材料などの低炭素材の活用ばかりが注目されていますが、上記のように設計で工夫できることも少なくありません。より包括的な視点で捉えることで、低炭素化の時代に即した新たなデザインが生み出されるのではないでしょうか。

新築の場合、階高やスパンの設定が小さいほど構造部材の断面は抑えられます
図7: 構造スパンとエンボディド・カーボンの相関
ガラスやルーバー、断熱材が増えることは、エンボディド・カーボンの増大を意味します
図8: ガラスの構成と温室効果ガス排出量

参考:

  • 図1~6 wbcsd, “Net-zero buildings, Where do we stand?”, 2021 より転載
  • 図7~8 wbcsd, “Net-zero buildings, Halving construction emissions today”, 2023 より転載
<執筆者>
柿川麻衣(Arup東京事務所 ビルディングエンジニアリングチーム)

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